
「うちの子、他の子より運動が苦手で、手先もなんだか不器用かも…」そう感じながらも、はっきりした原因がわからずに悩んでいる親御さんは少なくありません。
本人は頑張っているのに、体育や美術の授業を嫌がったり、文字をうまく書けなかったり。周囲からは「努力が足りない」「やる気がない」と誤解され、親子でつらい思いを抱え込んでしまいがちです。
でも実は、その不器用さの背景には、本人の気持ちの問題ではなく「発達性協調運動障害(DCD)」という、生まれ持った脳の特性が隠れているケースがあります。
この記事では、中学生に見られる発達性協調運動障害の具体的なサインを、チェックリストを交えながら詳しく解説し、その原因や他の発達障害との関係についてもわかりやすくお伝えします。
発達性協調運動障害(DCD)とは?

発達性協調運動障害(DCD)の定義
発達性協調運動障害(DCD)とは、簡単に言うと、脳からの指令が手足の筋肉へスムーズに伝わらないことで、体の動きがぎこちなくなってしまう状態を指します。
決して、本人のやる気がないわけでも、知的な発達に問題があるわけでもありません。
むしろ、頭の中では「こう動きたい」というイメージが描けているのに、いざ実行しようとすると、体が思い通りに動いてくれない、というもどかしさを抱えているのです。
この障害の診断では、年齢相応に期待される協調運動の能力が著しく低く、その不器用さが日常生活や学業に大きな支障をきたしているかどうかが重要なポイントになります。
「頑張ればいつかできるようになる」と精神論で片付けるのではなく、生まれ持った脳の特性なのだと理解することが、サポートの第一歩です。
どのくらいの割合でいるの?有病率と気づかれにくい背景
発達性協調運動障害は、実は決して珍しいものではなく、クラスに1人か2人はいる、ごく身近な特性です。
最新の研究では、学齢期の子どもの約5〜6%が該当すると報告されており、これは40人クラスであれば、2人程度の子どもが同じような困難を抱えている計算になります。
それなのに、なぜかあまり広く知られていないのは、その症状が「個人の不器用さ」や「運動が苦手な性格」として片付けられやすいからです。
特に中学生になると、子ども自身が失敗を恐れて体育や美術といった苦手な活動を巧妙に避けるようになり、困難が表面化しにくくなります。
また、周りの大人も「思春期だから…」と本人の内面のつらさを見過ごしがちで、支援が必要な状態であるにもかかわらず、誰にも気づかれないまま孤立してしまうケースが少なくありません。
なぜ起こるのか?発達性協調運動障害の原因
子どもの不器用さを見て、「自分の育て方が悪かったのだろうか」「もっと厳しくしつけるべきだったのか」と、自身を責めてしまう人もいます。
しかし、発達性協調運動障害の原因は、親の育て方や愛情不足、家庭環境などでありません。
まだ完全には解明されていない部分もありますが、現在の医学では、生まれ持った脳機能の特性によるものだと考えられています。
私たちの体を動かすとき、脳はまるでオーケストラの指揮者のように、体の様々な筋肉に対して「このタイミングで、このくらいの強さで動け」と複雑な指令を出しています。
発達性協調運動障害は、この「脳の指揮者」から「筋肉の演奏者」への指令が、少しだけスムーズに伝わらない状態とイメージするとわかりやすいかもしれません。
決して、子どもやあなたのせいではないということを、まず一番に心に留めておいてください。
うちの子は当てはまる?中学生に見られる発達性協調運動障害のサイン

日常生活でのサイン
発達性協調運動障害のサインは、学校だけでなく、毎日の何気ない暮らしの中にも隠れています。
子どもの様子を思い返してみてください。例えば、食事の場面で、他の家族より頻繁に食べ物や飲み物をこぼしたり、お箸や食器をカチャンと落としたりすることはないでしょうか。
また、朝の忙しい時間、制服の小さなボタンを留めるのに手こずっていたり、ネクタイをうまく結べずにイライラしたりする姿も、サインの一つかもしれません。
靴ひもがうまく結べずにほどけやすかったり、そもそも結ぶのを諦めていたりするのも特徴です。
これらは単なる「だらしなさ」や「面倒くさがり」なのではなく、手や指の細かい筋肉を、頭でイメージした通りに正確に動かすことの難しさが背景にある可能性を考えてみてください。
学校生活・学習面でのサイン
「勉強は嫌いじゃないはずなのに、なぜかノートをとるのが苦手…」もし、子どもがそう感じているなら、それは学習内容ではなく、「書く」という動作そのものに困難があるのかもしれません。
先生が話すスピードについていけず、板書を写し終わる前に消されてしまったり、ノートを見返しても文字の形や大きさがバラバラで、自分でも読めなかったりすることがあります。
また、コンパスや定規、分度器といった文房具をうまく扱えず、図形やグラフがぐにゃぐにゃの線になってしまうことも、DCDの生徒がしばしば経験する困難です。
頭の中に素晴らしいアイデアや考えが浮かんでも、それを文章として紙に書き出すという、複数の作業を同時に行うプロセスでつまずいてしまうのです。
本人の学習意欲とは裏腹に、手先の不器用さが原因で、学業面での達成感が得られにくいという、非常にもどかしい状況に置かれています。
学校生活・運動面でのサイン
体育の授業や部活動は、発達性協調運動障害を持つ中学生にとって、大きな苦痛や不安を感じる場面になりがちです。
例えば、ドッジボールでボールをうまくキャッチできなかったり、サッカーで思った方向にボールを蹴れなかったり、球技全般に強い苦手意識を持っていることがあります。
一つ一つの動きはできても、それらを滑らかにつなげてリズミカルに動く、という協調性が求められると、途端に体がこわばってしまいます。
こうした失敗体験が積み重なることで、「運動神経が悪いから」「自分は何をやってもダメだ」と自信を失い、体育の授業を見学したり、仮病を使ったりして、その場から逃げようとすることも少なくありません。
併存しやすい他の発達障害(ADHD・ASD・LD)との関係

発達性協調運動障害(DCD)は、単独で現れることもありますが、実は他の発達障害と併存しているケースが多いのが大きな特徴です。
研究データによれば、DCDと診断された子どもの約半数が、ADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)、LD(学習障害)といった、他の発達障害の特性も持っていると報告されています。
これらの特性が組み合わさると、子どもの困りごとはさらに複雑化します。
ADHD(注意欠如・多動症):「不注意」と「不器用さ」が掛け合わさり、物をよく失くしたり、持ち物の管理がさらに苦手になったりする
ASD(自閉スペクトラム症):感覚の過敏さから特定の動きを嫌がることと、体をうまく動かせないことが重なり、集団行動がより困難になる
LD(学習障害):「文字の読み書き」の困難と、「文字を書く動作」の困難が併存し、国語の授業などで二重の苦しさを感じることがある
このため、子どもの「不器用さ」の背景に、他にどんな特性が隠れているのかを多角的に理解することが、的確なサポートを見つける上で非常に重要になります。
家庭でできる具体的なサポートと関わり方

ステップ1:本人の「困りごと」を共感的に理解する
家庭でできるサポートの全ての土台となるのは、子どもが感じている「悔しさ」や「もどかしさ」に、心から寄り添い、共感することです。
「どうしてこんなこともできないの!」と結果だけを見て叱るのではなく、「そっか、この動きが難しいんだね」「どうすれば、もっとやりやすくなるかな?」と、子どもと同じ目線に立って一緒に考える姿勢を見せましょう。
親が自分の一番の理解者でいてくれるという絶対的な安心感こそが、子どもが「もう一度やってみよう」と前を向くための、何よりのエネルギー源となるのです。
この信頼関係が、これからのあらゆるサポートの効果を何倍にも高めてくれます。
ステップ2:環境を整えて「できた!」を増やす
子どもの努力や根性だけに頼るのではなく、日々の生活の中から「つまずきの石」を取り除いてあげる環境整備が、非常に効果的です。
目指すのは、「頑張ればできる」ではなく、「工夫すれば、もっと楽にできる」という状態を作ることです。物理的なハードルを少し下げてあげるだけで、子どもの心はぐっと軽くなります。
例えば、以下のような工夫が考えられます。
- 学習面: 握りやすく滑りにくいグリップ付きの筆記用具や、ズレにくい下敷きを用意する
- 生活面: 面倒なボタンのシャツではなく、着脱しやすいTシャツやトレーナーを選ぶ。靴も、ひも靴ではなくスリッポンやマジックテープ式のものにする
- 整理整頓: 持ち物の定位置を決め、引き出しや箱に中身の写真を貼って、視覚的にわかりやすくする
一つ一つの成功体験は小さくても、その積み重ねが「自分もやればできるんだ」という自信を取り戻すための、最高の特効薬になるでしょう。
ステップ3:自己肯定感を育むコミュニケーション
発達性協調運動障害の子どもたちは、どうしても失敗体験が多くなりがちで、自己肯定感が低くなってしまう傾向があります。
その自信を育む鍵は、日々のコミュニケーションの中にあります。重要なのは、目に見える「結果」ではなく、その裏にある本人の「努力の過程」や「前向きな意志」を見つけて、具体的に言葉にして伝えることです。
結果の良し悪しで評価するのではなく、その行動の背景にあるポジティブな側面を承認することで、子どもは「自分の存在そのものを受け入れてもらえている」と感じることができます。
あなたが見守っているのは、子どもの能力ではなく、子ども自身なのだというメッセージを、日々の言葉で伝えていきましょう。
学校でのサポート方法

担任の先生への上手な伝え方と相談のポイント
家庭でのサポートと同時に、子どもが一日の大半を過ごす学校との連携は、絶対に欠かせません。
担任の先生に相談する際は、ただ漠然と「うちの子は不器用で…」と伝えるのではなく、少し準備をして臨むと、話がスムーズに進み、具体的な支援につながりやすくなります。
まず、家庭での子どもの様子や、本人が特に何に困っているのかを具体的に書き出したメモを用意しましょう。
もし医療機関で診断を受けている場合は、その診断名や、医師からのアドバイスも正確に伝えます。
そして、「ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」というスタンスではなく、「先生と一緒に、この子にとって一番良い方法を見つけていきたいです」という、共に解決を目指すパートナーとしての姿勢で話すことが、良好な関係を築く鍵となります。
学校で受けられるサポートの具体例
学校では、「合理的配慮」という考え方に基づき、子どもの困難を軽減するための様々なサポートを受けることが可能です。
合理的配慮とは、障害のある子どもが、他の子どもと平等に教育を受ける機会を確保するために、学校側が提供するべき、個別の調整や変更のことです。
これらの配慮は、子どもを「特別扱い」するものではなく、スタートラインを他の子と揃えるための正当な権利なのだと理解しておきましょう。
頼れる専門家を活用しよう
学校には、担任の先生以外にも、子どもの困難に寄り添い、専門的な視点からサポートしてくれる専門家がいます。
代表的なのが、「スクールカウンセラー」や「特別支援教育コーディネーター」です。
スクールカウンセラーは、臨床心理士などの資格を持つ心の専門家で、子ども本人の悩みを聞いてくれたり、保護者の相談に乗ってくれたりします。
一方、特別支援教育コーディネーターは、校内における特別な支援が必要な生徒への対応を調整する中心的な役割を担う先生です。
担任の先生と保護者、そして専門機関との間の橋渡し役となって、子ども一人ひとりに合った支援計画(個別教育支援計画)の作成などを進めてくれます。
これらの専門家とつながるには、まずは担任の先生に「相談したい」と伝えるのが一番の近道です。
一人で抱え込まず、学校という組織全体の力を借りることで、サポートの輪は格段に広がります。
専門機関と相談先の選び方

気軽に相談したいなら:地域の公的相談窓口
「病院に行くのは少しハードルが高い」「まずは誰かに話を聞いてほしい」と感じるなら、お住まいの地域にある公的な相談窓口を利用するのがおすすめです。
多くの市区町村では、教育委員会が管轄する「教育相談窓口」や、子育て全般の相談に乗ってくれる「子育て支援センター」などが設置されています。
ここでは、臨床心理士や社会福祉士といった専門の相談員が、無料で話を聞いてくれます。
また、より専門的な相談先として、各都道府県や指定都市に設置されている「発達障害者支援センター」も非常に頼りになる存在です。
ここでは、発達障害に関するあらゆる相談に対応しており、必要に応じて適切な医療機関や福祉サービスにつないでくれる、地域の支援ネットワークの拠点となっています。
匿名で電話相談できる窓口も多いので、まずは第一歩として、気軽に連絡してみてください。
診断や医学的なアドバイスが必要なら:医療機関
子どもの状態を正確に把握し、医学的な診断やアドバイスを求めたい場合は、医療機関の受診を検討しましょう。
発達性協調運動障害の診断は、主に「小児科」「児童精神科」「小児神経科」などで受けることができます。
また、診断後の具体的なトレーニングやリハビリテーションについては、「リハビリテーション科」が中心となります。
特に、リハビリテーション科に在籍する「作業療法士(OT)」は、日常生活の様々な動作や、手先の細かい動きの専門家です。
子ども一人ひとりの状態を評価し、遊びやゲームを取り入れた楽しい訓練を通じて、体の動かし方のコツを教えてくれたり、生活しやすくなるための道具の選定や環境調整のアドバイスをしてくれたりします。
受診する際は、事前に電話で「発達性協調運動障害の相談をしたい」と伝えておくとスムーズです。
専門的なトレーニングや居場所を求めるなら:療育・福祉サービス
医療機関での訓練だけでなく、放課後の時間などを活用して、より専門的なトレーニングや、安心して過ごせる居場所を提供してくれる福祉サービスもあります。
代表的なのが「放課後等デイサービス」です。これは、障害のある小中高生が、放課後や夏休みなどの長期休暇中に利用できるサービスで、学習支援や日常生活のトレーニング、集団活動などを通じて、子どもたちの成長をサポートしてくれます。
DCDの子ども向けに、運動プログラムやSST(ソーシャルスキルトレーニング)に力を入れている事業所もあります。
また、最近では発達障害の特性に理解のある学習塾や家庭教師も増えてきています。
これらのサービスを利用するには、お住まいの市区町村の福祉担当窓口で「受給者証」の申請手続きが必要になることがほとんどです。
どんなサービスがあるのか、利用するにはどうすればいいのか、まずは地域の相談窓口で情報収集してみるのが良いでしょう。
まとめ

この記事では、中学生の発達性協調運動障害について、そのサインから具体的なサポート方法までを詳しく解説してきました。
思春期という多感な時期は、子ども自身が周りの子との違いに敏感になり、自信を失いやすいタイミングでもあります。
しかし、周りの大人がその特性を正しく理解し、適切なサポートを行うことで、子どもは自分の体と上手に付き合い、本来持っている素晴らしい可能性を存分に発揮できるようになります。
「できないこと」に目を向けるのではなく、「どうすればできるか」を一緒に考える。その姿勢が、子どもの未来を明るく照らす光となります。
一人で、一家庭だけで抱え込む必要は全くありません。学校や地域の専門機関など、頼れる場所はたくさんあります。
この記事が、悩めるあなたと、そして大切な子どもが、笑顔で前へ進むための一助となることを心から願っています。