
「うちの子、おとなしいだけだと思っていたけど、いつも周りに流されて自分の意見が言えない…」
友達の輪にうまく入れず、本当は嫌なことも断れない姿を見て、もどかしさや将来への不安を感じていませんか。
手のかからない「良い子」に見えるため、その苦しさは周りから理解されにくいかもしれません。
でも実は、その受け身な姿勢の背景には、本人の性格だけでなく「受動型アスペルガー」という生まれ持った脳の特性が隠れている可能性があります。
この記事では、そのような受動型の子どもが示すサインや、彼らが抱える「見えない生きづらさ」、そして家庭でできる具体的なサポート方法について詳しく解説していきます。
受動型アスペルガー(ASD)とは?

アスペルガー症候群と自閉スペクトラム症(ASD)
現在では、「アスペルガー症候群」という名称は、より大きな枠組みである「自閉スペクトラム症(ASD)」の一部として理解されています。
これは、2013年にアメリカ精神医学会が定めた診断基準の改訂によるもので、個々の診断名ではなく、特性の連続体(スペクトラム)として捉える考え方が主流になりました。つまり、自閉的な特性の現れ方は人それぞれで、虹の色のように明確な境界線がなく、グラデーション状に存在するという考え方です。
子どもの特性が典型的なイメージに当てはまらないと感じても、それはスペクトラムの上の個性的な位置にいるだけで、何もおかしいことではありません。
知的や言葉の発達に遅れがない場合が多いため、周りからはその子のユニークな個性と見過ごされてしまうことも少なくないのです。
ASDの3つのタイプ
自閉スペクトラム症(ASD)の子どもの他者との関わり方は、大きく分けて3つのタイプに分類されることがあります。もちろん、子ども一人ひとり個性があり、きっちりこの3つにわかれるわけではありませんが、傾向として知っておくと理解が深まります。
積極奇異型
自わから積極的に他者に関わろうとしますが、その距離感が近すぎたり、一方的に自分の話したいことだけを話したりする傾向があります。
孤立型
一人でいることを好み、他者との関わりを自ら避けるタイプです。自分の興味があることに没頭する時間を大切にします。
受動型
今回のテーマであるこのタイプは、自わから主体的に動くことが少なく、周りの意見や働きかけに合わせようとするのが特徴です。
なぜ「受動型」は気づかれにくいのか
受動型の子どもの特性は、周りの大人から「問題」として認識されにくいため、発見が遅れることが少なくありません。自わから問題を起こすことが少なく、先生や親の言うことを素直に聞くため、集団生活の中では特に目立たない存在になりがちです。
また、言葉の発達に遅れがないケースも多いため、一見するとコミュニケーションにも大きな問題がないように思われてしまいます。友達とのトラブルを避けるために、自分の意見を言わずに相手に合わせてしまうので、周りからは協調性があるように見えることさえあります。
しかし、その穏やかに見える姿の裏側では、周りに合わせるために常に気を張り、知らず知らずのうちに大きなストレスを溜め込んでいる可能性があるのです。
うちの子は当てはまる?受動型ASDの具体的な特徴

対人関係・コミュニケーション編
受動型のお子さんのコミュニケーションには、受け身で自己主張が苦手という、いくつかのわかりやすいサインが見られます。自わからクラスの友達に「おはよう」と挨拶したり、遊びの輪に入っていったりすることがほとんどありません。
誰かに遊びに誘われれば断らずに参加しますが、その中で自分のやりたいことを主張することはなく、周りの意見にただただ従います。
また、相手の表情や声のトーンから「怒っているのかな?」「楽しそうだな」といった感情を読み取ることが苦手なため、空気が読めないと思われることもあります。
言葉を文字通りに受け取るため、冗談や皮肉を言われても真に受けてしまい、傷ついたり、混乱したりすることも少なくありません。
行動・こだわり編
受動型の子どもの行動面では、自わから「こうしたい」という意思表示が少なく、指示がないと何をすれば良いかわからずに固まってしまうことがあります。これは、やる気がないわけではなく、自分で考えて行動を起こすというプロセスそのものが苦手なためです。
毎日の生活の中で、食事の手順や学校へ行く道順など、決まったやり方を好む傾向があり、予期せぬ変更や予定外の出来事が起こると混乱してしまいます。
例えば、いつもと違う道を通って帰ろうとすると、強い不安を感じてパニックになってしまうこともあるかもしれません。一方で、興味のある特定の分野においては、大人顔負けの知識を持っていたり、驚異的な集中力を発揮したりするなど、素晴らしい能力を見せることもあります。
感覚・感情編
受動型の子どもは、感覚が非常に敏感あるいは逆に鈍感であったり、自分の感情を表現することが苦手だったりする特徴を持つことがあります。
例えば、特定の音をひどく怖がったり、服のタグが肌に触れるのを嫌がったりすることがあります。自分が今「うれしい」のか「悲しい」のか、あるいは「怒っている」のか、自分の感情を認識し、それを言葉で表現することが苦手です。
心の中では様々な感情が渦巻いていても、それをうまく表に出せないため、周りからは感情の起伏が乏しい、何を考えているかわからないと思われがちです。
そのため、疲れやストレスが限界に達していても、自わから「助けて」と言えず、一人で抱え込んでしまうことが少なくありません。
受動型の子どもが抱える「見えない生きづらさ」

「断れない」「主張できない」ことによるストレス
自分の気持ちを押し殺し、常に周りの人に合わせて行動することは、子どもの心に想像以上のストレスを溜め込ませています。本当はやりたくないことでも「断ったら嫌われるかもしれない」という不安から、無理に受け入れてしまうのです。
例えば、学校で疲れているのに友達からの遊びの誘いを断れず、帰宅してからどっと疲れが出て無気力になってしまう、といったことが起こります。
こうした日々の我慢の積み重ねが、精神的なエネルギーをどんどん消耗させ、子どもから笑顔や元気を奪ってしまう原因になるのです。
いじめやからかいのターゲットになりやすい危険性
自己主張が苦手で、他人の言うことを素直に受け入れてしまう受動型の特性は、残念ながらいじめやからかいの対象にされやすいという危険をはらんでいます。意地悪な同級生からすると、「何をしても怒らない」「言い返してこない」存在として認識され、都合のいいように扱われてしまうことがあるのです。
例えば、面倒な係の仕事を押し付けられたり、からかいの言葉を一方的に浴びせられたりしても、ただ黙って耐えてしまうことがあります。本人は非常につらい思いをしていても、その状況を親や先生にうまく説明することができず、誰にも助けを求められないまま孤立してしまう危険性もあります。
子どもが学校での出来事をあまり話さない場合、それは問題がないからではなく、つらい気持ちを言葉にできないだけかもしれない、という視点を持つことが大切です。
エネルギー切れによる二次障害のリスク
本来の特性(一次障害)が原因で、周囲との関係がうまくいかずにストレスを溜め込み続けると、うつ病や不安障害、不登校といった「二次障害」を引き起こすことがあります。これは、心のエネルギーが完全に尽きてしまった「ガス欠」のような状態です。
二次障害のサインとしては、以下のような変化が見られることがあります。
- 今まで大好きだったゲームやアニメに興味を示さなくなる。
- 「頭が痛い」「お腹が痛い」など、原因のわからない体調不良を頻繁に訴える。
- 朝、布団から出られなくなったり、「学校に行きたくない」と言い出したりする。
- ささいなことでかんしゃくを起こしたり、急に泣き出したりすることが増える。
二次障害を防ぐためには、子どもの「生きづらさ」にできるだけ早く気づき、適切なサポートを始めることが何よりも大切です。
受動型の子どもが安心できる家庭での関わり方

「察して」を求めず、具体的に伝える
子どもが安心して行動できるよう、指示やお願いは「あれやっといて」といった曖昧な言葉ではなく、誰が聞いてもわかる具体的な言葉で伝えることを心がけましょう。
受動型の子どもは、言葉の裏にある意図を読み取ったり、文脈からやるべきことを推測したりするのが苦手です。「リビングのテーブルの上を、この青い布巾で拭いてね」というように、「誰が・どこで・何を・どうする」をできるだけ具体的に伝えることを意識してみてください。
言葉だけでなく、絵や写真を見せながら説明するのも非常に効果的です。視覚的な情報は、言葉だけの指示よりもずっと理解しやすくなります。
YES/NOで答えられる質問で、意思表示をサポートする
「どうしたい?」や「何が食べたい?」といった、自由な回答を求める質問は、受動型の子どもを混乱させてしまいます。
自分で決める練習の第一歩として、「おやつはクッキーとゼリー、どっちがいい?」のように、2つの選択肢を提示して、「はい」か「いいえ」で答えられるような質問をしてみましょう。
この時、子どもがすぐに答えられなくても、急かさずにじっくりと待ってあげることが大切です。自分の気持ちを伝えられたという小さな成功体験は、「自分の意見を言ってもいいんだ」という安心感と自己肯定感を育む大切な一歩になります。
見通しを立て、安心できる環境を作る
先のことが予測できない状況は、受動型の子どもにとって大きな不安やストレスの原因になります。
そのため、一日の流れや予定をあらかじめ伝えてあげることが大切です。
例えば、ホワイトボードに「朝ごはん→着替え→歯磨き→学校」といったように、イラスト付きで一日の流れを書いておくのも良い方法です。絵や写真を使った視覚的なスケジュールは、言葉で聞くよりも理解しやすく、子どもが自分で次の行動を確認できるというメリットもあります。
このような工夫によって、「次は何をするんだろう?」という漠然とした不安が解消され、安心して一日を過ごすことができるようになります。
スモールステップで「自分で選べた」経験を積ませる
自己主張が苦手な子どもに対して、いきなり決断を求めるのは逆効果です。まずは、「今日の夜ご飯は、カレーとハンバーグどっちがいい?」といった、ごく身近で簡単なことから選択する機会を作ってみましょう。
子どもが自分で選んだことに対して、「〇〇を選んだんだね、いいね!」と肯定的に受け止め、その選択を尊重してあげることが重要です。こうした小さな「自己決定」の経験は、子どもの中に「自分で決めても大丈夫なんだ」という安心感を育て、少しずつ自分の意見を言ってみようという意欲を引き出していきます。
言葉にならない気持ちを代弁し、共感する
受動型の子どもは、自分が何を感じているのかを言葉にするのが苦手です。子どもが黙り込んでいたり、もじもじしていたりする時には、親がその気持ちを汲み取って「うまくできなくて、悔しかったんだね」「お友達に仲間に入れてもらえなくて、悲しかったのかな?」と代弁してあげましょう。
この時、気持ちを決めつけるのではなく、「~なのかな?」と問いかける形にすることがポイントです。
たとえその推測が違っていたとしても、「お母さん(お父さん)は自分の気持ちをわかろうとしてくれている」と感じるだけで、子どもの心は大きく救われます。
本人の「好き」をエネルギーに変え、自信を育む
苦手なことを克服させようとするよりも、子どもが心から「好き」と思えることや、夢中になれることを見つけ、それを存分にやらせてあげることが、自己肯定感を育む一番の近道です。
特定の分野に強いこだわりや探求心を示すのがASDの特性の一つでもあります。もし電車が好きなら、一緒に図鑑を眺めたり、博物館に足を運んだりして、その「好き」という気持ちを全力で応援してあげましょう。
好きなことを通じて得られる「自分はこれが得意なんだ!」という感覚は、子どもにとって大きな自信となり、他のことにも挑戦してみようという意欲の源泉になります。
一人で戦わないで。園・学校との連携で子どもを守る方法

まずは担任の先生に「特性」を正しく伝える
子どもが安心して学校生活を送るためには、園や学校との連携が欠かせません。まずは個人面談や連絡帳などを活用して、担任の先生に家庭での様子や親として心配に思っていることを具体的に伝えましょう。
この時、「うちの子は受動型アスペルガーです」と診断名を断定するのではなく、「集団の中で自分の意見を言うのが苦手なようです」「指示があいまいだと混乱してしまうことがあります」といったように、客観的な事実として伝えることが大切です。
家庭で試してみて効果があった関わり方などを共有することも、先生が子どもを理解する上で大きな助けになります。
園・学校にお願いしたい配慮の具体例
先生に子どもの特性を伝えた上で、学校生活でどのような配慮をお願いしたいのかを具体的に整理して提案してみましょう。ただ「よろしくお願いします」と丸投げするのではなく、具体的な場面を想定して伝えることで、学校側も対応しやすくなります。
先生にお願いできる具体的な配慮には、以下のようなものがあります。
- 指示は、本人のそばで目を見て、短く具体的に伝えてほしい
- グループワークでは、積極的にリードしてくれる子と組ませてほしい
- 休み時間、一人でいる時に、トラブルに巻き込まれていないか気に掛けてほしい
- 友達との関わり方がわからず困っている様子なら、さりげなく仲立ちをしてほしい
頼れる専門家を活用しよう
子育ての悩みや不安を、お母さん一人で抱え込む必要は全くありません。積極的に専門家の力を借りて、チームで子育てをしていくという視点を持ちましょう。
まず、子どもの発達について気になることがあれば、かかりつけの小児科医に相談するか、地域の保健センターに問い合わせてみるのがよいでしょう。そこから、必要に応じて児童精神科や発達外来といった医療機関や、発達検査を受けられる機関を紹介してもらえます。
また、各市町村に設置されている「発達障害者支援センター」や「教育支援センター(教育相談所)」は、診断の有無にかかわらず、発達に関する様々な相談に乗ってくれる心強い味方です。
同じ悩みを持つ親御さんと繋がれる「親の会」に参加することも、情報交換や精神的な支えを得る上で非常に有効な手段となります。
まとめ

「受動型アスペルガー」の特性を持つ子どもは、そのおとなしさや素直さゆえに、抱えている困難さが見過ごされがちです。
しかし、その内面では、周りに合わせることへの疲れや、自分を表現できないもどかしさから、多くのストレスを感じています。大切なのは、その特性を「ダメなこと」ではなく「個性」として正しく理解し、子どもが安心して過ごせる環境を整えてあげることです。
この記事で紹介した関わり方のヒントが、子どもの「一番の理解者」であるあなたの助けとなれば幸いです。決して一人で抱え込まず、学校や専門機関と連携しながら、子どもの成長を一緒に支えていきましょう。