
子どもがまばたきを繰り返したり、咳払いのような音を出したりすると、「ただの癖かな?」と思いながらも、回数が増えるにつれて「原因があるのでは…」と不安になりますよね。
インターネットで検索して「トゥレット症候群」という言葉を目にした時、不安は一気に大きくなったかもしれません。
この記事では、そのような保護者の心配な気持ちに寄り添いながら、トゥレット症候群とは何か、その具体的な症状や原因、そして診断に至るまでの流れを、わかりやすく解説します。
正しい知識を得ることは、子どもの未来を守り、ご家族の安心につながる大切な第一歩です。どうか一人で抱え込まず、一緒に学びを進めていきましょう。
トゥレット症候群とは

トゥレット症候群は、本人の意思とは関係なく出る運動チックと音声チックの両方が一年以上続く神経発達症です。まばたきや肩すくめといった動き、あるいは咳払いや喉を鳴らす声などが、良くなったり悪くなったりしながら反復します。
発症は概ね4〜11歳頃で、診断には「複数の運動チックと少なくとも一つの音声チックがあること」「症状が十二か月を超えて続くこと」「十八歳より前に始まっていること」「薬の副作用や他の病気では説明できないこと」という4つの条件が用いられます。
原因は完全には解明されていませんが、運動制御に関わる大脳基底核でドーパミンが過敏に働くことが一因と考えられています。遺伝的な素因に疲労や緊張などの環境ストレスが重なるとチックが強まる傾向があり、症状に波が生じやすいのが特徴です。また、ADHDや強迫症と併存することも少なくありません。
重要なのは、チックが本人の努力不足や育て方の問題で起こるわけではないという点です。チックを無理に止めさせようとすると、かえって症状が強まることがあります。まずは正しい医学知識を持ち、症状の増減に一喜一憂しすぎないようにしましょう。十分な睡眠とリラックスできる時間を確保し、安心して過ごせる環境を整えることが支援の第一歩です。周囲が病気への理解を深めれば、子どもの不安は軽減します。
トゥレット症候群の主な症状

運動チック
単純運動チック
チック症状として、まず現れやすいのがこの「単純運動チック」です。
これは、まばたき、首振り、顔しかめ、肩すくめといった、体の一部分だけが素早く動く、単純で意味のない動きのことを指します。
例えば、以下のような動きが代表的です。
- パチパチと速いスピードでまばたきを繰り返す
- 首を急にカクンと振ったり、ぐるっと回したりする
- 鼻や口のあたりをピクピクと動かしたり、顔をぎゅっとしかめたりする
- 両肩をひょいっとすくめる
これらの動きは、本当に一瞬で終わることが多く、見ている側は「ただの癖かな?」と感じるかもしれません。しかし、本人にはコントロールすることが難しく、緊張したり疲れたりすると出やすくなる傾向があります。
複雑運動チック
単純な動きがいくつか組み合わさった、まるで何か目的があるかのように見える、より複雑な動きを「複雑運動チック」と呼びます。
単純運動チックよりも動きが大きくなるため、周りの人から「ふざけている」と誤解されてしまうこともあり、保護者としては心配になるでしょう。
具体的には、次のような動きが見られます。
- その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる
- 自分の体を叩いたり、触ったりする
- 他人の動きや表情を、意図せず真似してしまう
- 物を蹴ったり、投げたりするような動作をする
これらの動きも、決してわざとではなく、本人の意思に反して出てしまう症状です。「やめなさい」と叱るのではなく、そうせざるを得ない背景を理解してあげることが、とても大切になります。
音声チック
単純音声チック
「ンッンッ」という咳払いや、鼻をフンフンと鳴らすような、意味のない短い音や声を出す症状を「単純音声チック」といいます。
運動チックと同じように、本人の意思とは関係なく突然出てしまうため、風邪でもないのに咳払いが続いたりして、不思議に思われるかもしれません。
単純音声チックには、以下のようなものがあります。
- 「アッ」「ウッ」といった短い声を出す
- 咳払いをする
- 鼻をクンクン、フンフンと鳴らす
- 犬の鳴き声のような音や、奇声を発する
- シューッという息の音を立てる
静かな場所では目立ってしまうこともあり、子ども自身が気に病んでしまうこともあります。これもチックの症状の一つなのだと、まずは周りの大人が理解してあげましょう。
複雑音声チック
意味のある単語や短いフレーズを、不適切な場面で言ってしまうなど、より複雑な発声が「複雑音声チック」です。
この症状は、周りの人とのコミュニケーションにおいて誤解を生みやすく、保護者にとっても特につらい症状かもしれません。
代表的な症状として、以下のようなものが挙げられます。
- 反響言語(エコラリア):相手が言った言葉をそのまま繰り返す
- 反復言語(パリラリア):自分が言った言葉や文の最後の部分を何度も繰り返す
- 汚言症(コプロラリア):社会的に不適切な言葉(汚い言葉や悪口など)を突然叫んでしまう
特に「汚言症」は、トゥレット症候群の象徴的な症状としてメディアで取り上げられることもありますが、実際にはこの症状が出る人は一部です。本人は言いたくて言っているわけでは全くなく、むしろ言ってしまったことに深く傷ついています。
トゥレット症候群の原因

完全には解明されていない
トゥレット症候群の正確な原因は、まだ完全にはわかっていません。そのため、「自分の育て方が悪かったのだろうか」「あの時の対応が間違っていたのかも」とご自身を責める必要は全くありません。
医学的に、しつけや愛情、家庭環境が直接の原因になることはないと分かっています。現在は、一つの原因ではなく、後述する遺伝的な要因や脳の機能、環境的な要因などが複雑に絡み合って発症するのではないかと考えられています。世界中の研究者が今も原因解明に取り組んでおり、正しい情報は少しずつ増え続けています。
遺伝的要因
トゥレット症候群の発症には、遺伝的な要因が強く関係していると考えられています。実際に、家族や血縁者の中に、チック症やトゥレット症候群の方がいる場合、子どもが発症する可能性は少し高まることが報告されています。
ただし、これは「トゥレット症候群そのものが遺伝する」という意味ではありません。あくまで「チックが出やすい体質」や「トゥレット症候群になりやすさ」が受け継がれる可能性がある、ということです。
特定の原因遺伝子が見つかっているわけではなく、親がトゥレット症候群だからといって、子どもが必ず発症するわけではないので、過度に心配しすぎないようにしましょう。
環境的要因
ストレスや生活環境が、トゥレット症候群を発症させる直接の原因になるわけではありません。しかし、症状を一時的に悪化させたり、チックが出やすくなる「引き金」になったりすることはあります。
例えば、以下のような状況では症状が強まる傾向が見られます。
- 精神的なストレス:学校での悩み、家庭内の問題、不安や緊張を感じるとき
- 興奮や喜び:楽しいイベントの前や、ゲームに熱中しているとき
- 疲労:睡眠不足や、運動などで体が疲れているとき
一方で、夢中になっているときやリラックスしているときには、チックが目立たなくなることもあります。どんな場面で症状が強まるか、逆に落ち着くかを観察してみると、環境づくりのヒントが見えてくるでしょう。
脳機能の要因
トゥレット症候群の原因としていちばん有力なのは、脳の働き方のバランスが少し崩れているという説です。なかでも、体を動かす指令を調整する「大脳基底核」と、神経同士の情報をやりとりする化学物質、特にドーパミンの働きにズレが生じていると考えられています。
イメージとしては、脳の中にある「動け」というスイッチと「止まれ」というスイッチの調整がわずかに乱れ、意図しない動き(チック)が漏れ出してしまうような状態です。これはあくまで脳の機能上の特性であって、知能や性格、努力の問題とはまったく関係ありません。気合や根性でどうにかなるものではない、という点を理解しておきましょう。
トゥレット症候群と併存しやすい症状

注意欠如・多動症(ADHD)
トゥレット症候群のある子どもにとって、チック症状そのものよりも、一緒に現れる他の症状の方が、学校生活などでの困りごとにつながりやすいことがあります。
その代表が、「注意欠如・多動症(ADHD)」です。
トゥレット症候群と診断された子どもの半数以上が、ADHDの特性(不注意・多動性・衝動性)を併せ持つと言われています。
- 不注意:授業に集中できない、忘れ物が多い、話を聞いていないように見える
- 多動性:じっとしていられない、席を離れてしまう、そわそわと手足を動かす
- 衝動性:順番を待てない、質問が終わる前に答えてしまう、他の子の邪魔をしてしまう
もし子どもにチックだけでなく、このような落ち着きのなさや不注意が見られる場合は、両方の可能性を視野に入れて専門家に相談することが大切です。
強迫性障害(OCD)
ADHDと並んで併存しやすいのが、「強迫性障害(OCD)」です。
これは、頭から離れない不快な考え(強迫観念)と、その不安を打ち消すために同じ行動を繰り返してしまう(強迫行為)ことを特徴とする症状です。
例えば、以下のような行動が見られます。
- 強迫観念:「手が汚いのではないか」「鍵を閉め忘れたのではないか」という不安がずっと頭をよぎる
- 強迫行為:何度も手を洗わないと気が済まない、ドアの鍵を何度も確認する、物の配置に異常にこだわる
「やめたいのにやめられない」という点ではチックと似ていますが、強迫行為は「不安を打ち消したい」という目的がある点で異なります。
これも本人の性格の問題ではなく、脳の機能が関係している症状ですので、温かく見守る姿勢が求められます。
その他の依存しやすい症状
トゥレット症候群のある子どもは、ADHDやOCDの他にも、様々な心や体の困りごとを抱えやすいことが分かっています。
チックという目に見える症状の裏に、子ども自身もうまく言葉にできない「生きづらさ」が隠れているかもしれません。
具体的には、以下のような症状が併存することがあります。
- 漠然とした不安が続く不安症
- 気分の落ち込みが激しいうつ病
- 寝つきが悪い、夜中に何度も目が覚めるなどの睡眠障害
- 特定の学習分野(読み、書き、計算など)に困難がある学習障害(LD)
- ささいなことで激しく怒り出すかんしゃく
気になる症状が複数ある場合は、一つ一つを別々の問題として捉えるのではなく、全体として子どもを理解し、専門家へ相談することが解決への近道となります。
トゥレット症候群の診断

診断方法
「病院に行ったら、どんな検査をされるんだろう?」と不安に思うかもしれませんが、安心してください。
トゥレット症候群の診断は、特別な機械を使った難しい検査をするわけではなく、主に医師による問診と、症状の丁寧な観察によって行われます。
お医者さんは、保護者や子どもから、次のようなことを詳しく聞いて診断を進めていきます。
- いつから症状が始まりましたか?
- どのような動き(チック)や声が出ますか?
- 症状はどんな時に出やすいですか?(例:緊張した時、疲れた時など)
- 症状のせいで、学校や日常生活で困っていることはありますか?
この時、いつ頃からどんな症状があったかを記録したメモや、可能であれば実際の症状を撮影した動画を持って行くと、お医者さんが客観的に判断する上で非常に役立ちます。
他の病気の可能性がないかを確認するために、血液検査や脳波検査などを行う場合もありますが、これらは必須ではありません。
診断基準
お医者さんがトゥレット症候群と診断する際には、個人の感覚で判断するのではなく、世界的に使われている診断基準に照らし合わせて、慎重に判断します。
一般的には、アメリカ精神医学会が作成した「DSM-5」という診断基準が用いられます。
少し専門的になりますが、要点を分かりやすくまとめると以下のようになります。
診断基準のポイント | 具体的な内容 |
症状の種類 | 複数の「運動チック」と、1種類以上の「音声チック」の両方が存在する(同時期でなくてもよい) |
症状の期間 | チックが始まってから1年以上続いている(症状が全くない時期があってもよい) |
発症年齢 | 症状が18歳より前に始まっている |
他の要因の除外 | 症状が、薬の副作用や他の病気(ハンチントン病など)によるものではない |
これらの基準をすべて満たした場合に、トゥレット症候群と診断されます。
最終的な診断は、小児神経科や精神科などの専門医が、子どもの様子を総合的に見て判断することになります。
トゥレット症候群のある子どものサポート体制

家庭でのサポート
トゥレット症候群のある子どもにとって、家庭はなによりも安心できる「心の基地」であるべきです。
保護者にできる最も大切なサポートは、専門的な知識や技術ではなく、子どものありのままを受け入れ、症状を責めないという温かい姿勢です。
具体的な関わり方のポイントをいくつか紹介します。
- 症状を指摘しない、気にしすぎない:「またやってるよ」などと指摘すると、かえって意識してしまい症状が悪化することがあります。
- 十分な休息とリラックスできる環境を:疲れやストレスは症状の引き金になります。ゆっくり休める時間と空間を確保しましょう。
- 熱中できることを見つける:子どもが好きなことや得意なことに夢中になっている時は、チックが減ることが多いです。自信を育む機会にもなります。
- 気持ちを言葉にする手伝いを:不安やストレスをうまく表現できないこともあります。「何か嫌なことあった?」などと優しく声をかけてあげてください。
何よりもまず、保護者自身がリラックスして、笑顔でいることが子どもにとって一番の安心材料になります。
学校・教育現場でのサポート
子どもが一日の多くの時間を過ごす学校で、安心して過ごせるかどうかは非常に重要な問題です。
そのためには、学校の先生にトゥレット症候群について正しく理解してもらい、協力体制を築くことが不可欠です。
まずは担任の先生に、以下の点を具体的に伝えましょう。
- 診断名:医師から診断されている場合は、その旨を伝えます
- 症状の具体的な内容:どんなチックが、どんな時に出やすいのかを説明します
- 本人の意思ではないこと:わざとやっているわけではなく、叱っても止められないことを強調します
- 配慮してほしいこと:例えば、発表などで緊張する場面での配慮や、症状が出てもクールダウンできる場所(保健室など)の確保をお願いするなどです
学校には、スクールカウンセラーや特別支援教育コーディネーターといった専門家もいます。担任の先生だけに任せるのではなく、こうした専門家にもつないでもらい、学校全体でサポートしてもらえる体制を作ることが、子どもの学校生活を守ることにつながります。
まとめ

トゥレット症候群は、親の育て方やお子さんの性格が原因ではありません。これは脳の働き方によるもので、周囲が正しく理解しサポートすれば、症状とうまく付き合いながら、その子らしく成長できます。
もし不安で押しつぶされそうになったら、ひとりで抱え込まないでください。この記事で基礎知識はつかめたはずです。次はその知識を持って、小児神経科などの専門医や地域の相談窓口を訪ねてみましょう。
あなたは子どもにとっていちばんの理解者です。どうか自信を持って、前向きな一歩を踏み出してください。心から応援しています。