ペアレントトレーニングは、発達障害のあるお子さんの子育てに悩む保護者をサポートする専門的な支援プログラムです。子どもの行動を理解し、適切な対応方法を学ぶことで、より良い親子関係を築くことができます。
「発達障害のある子どもへの関わり方がわからない」
「子育ての悩みを誰に相談すればよいのだろう」
このような悩みをお持ちの方は、ペアレントトレーニングを検討してみてはいかがでしょうか。
この記事では、発達障害のお子さんの子育てに不安を感じている方に向けて、ペアレントトレーニングの内容やメリット、具体的な実施方法について解説します。お近くの医療機関や自治体での実施例も紹介しますので、子育ての参考としてぜひ最後までお読みください。
ペアレントトレーニングとは
ペアレントトレーニングは、発達障害のある子どもの保護者向けに開発された支援プログラムです。子どもの行動を観察・理解し、適切な対応方法を学ぶことで、よりよい親子関係を築くことができます。
医療機関や福祉施設、教育機関などで実施されており、専門家のサポートのもと、複数の保護者がグループワークを通じて学び合います。プログラムは通常2〜6ヶ月程度かけて行われ、定期的に施設に通って研修を受けます。
主な内容として、子どもの行動の記録方法や、望ましい行動を促す声かけの仕方、困った行動への対処法などを学びます。実践的な知識とスキルを身につけることで、家庭での子育ての質を向上させることが可能です。
このプログラムは1960年代にアメリカで開発され、日本では1990年代後半から導入が始まりました。当初は限られた医療機関でのみ実施されていましたが、その効果が認められ、現在では全国各地のさまざまな機関で実施されています。
対象となる子どもの年齢は、主に2歳から学童期までですが、プログラムによっては思春期の子どもを持つ保護者向けのコースも用意されています。発達障害の診断の有無に関わらず参加できるプログラムも増えており、子育ての困りごとを抱える保護者に広く門戸が開かれています。
また、近年ではオンラインでの実施も始まっており、地理的な制約や時間的な制約がある保護者でも参加しやすくなっています。
ペアレントトレーニングのメリット
保護者のメリット
子育ての悩みや不安を軽減できることが、最も大きなメリットです。発達障害への理解が深まり、子どもの行動の意味を適切に解釈できるようになることで、イライラや戸惑いが減少します。
また、同じような悩みを持つ保護者と交流することで、精神的な支えを得られます。「自分だけじゃない」という安心感を持つことができ、子育ての自信を取り戻すきっかけとなるでしょう。
さらに、具体的な対応方法を学ぶことで、子どもへの関わり方に選択肢が増えます。これにより、より柔軟な対応が可能となり、子育ての負担感を軽減することが可能です。
特に効果が見られる点として、以下のような変化が報告されています。
・子どもの行動の意味を理解できるようになり、適切な対応が取れるようになる
・叱る場面が減り、ほめる場面が増えることで、親子関係が改善する
・他の保護者との交流を通じて、新しい視点や対応方法を学べる
・子育ての自信が回復し、育児ストレスが軽減する
・家族全体の生活の質が向上する
また、学んだスキルは発達障害のある子どもだけでなく、兄弟姉妹への関わり方にも活用できます。
子どものメリット
保護者の対応が適切になることで、子どもの望ましい行動が増える傾向があります。肯定的な声かけや適切なほめ方により、子どもの自己肯定感が高まり、新しいことにチャレンジする意欲も向上します。
また、保護者が子どもの特性を理解することで、より適切な環境調整が行われるようになります。これにより、子どもにとって過ごしやすい環境が整い、パニックや困った行動が減少する効果が期待できます。
さらに、保護者との関係が改善されることで、子どもの情緒が安定し、コミュニケーション能力の向上にもつながります。家庭での安定した関係性は、学校や園での適応にもプラスの影響を与えます。
具体的な効果として、次のような変化が観察されています
・分かりやすい指示と一貫した対応により、見通しを持って行動できるようになる
・適切なほめ方により、自己肯定感が高まる
・パニックや困った行動が減少し、望ましい行動が増える
・コミュニケーション能力が向上し、社会性が発達する
・学習面での意欲が向上する
ペアレントトレーニングの内容
基本プラットフォーム
日本のペアレントトレーニングは、研究者や実践者によって開発された「基本プラットフォーム」に基づいて実施されています。この基本プラットフォームには、6つのコアエレメント(核となる要素)が含まれています。
コアエレメントの6つの要素
- 子どものよいところを探し、具体的にほめる
- 子どもの行動を「好ましい行動」「好ましくない行動」「許しがたい行動」の3つに分類する
- 行動理論に基づく行動理解(ABC分析)を行う
- 子どもが達成しやすい環境調整を行う
- 子どもが理解しやすい指示の出し方を学ぶ
- 子どもの不適切な行動への適切な対応方法を習得する
このプラットフォームは、全国どこで受講しても質の高いプログラムを提供できるよう設計されているのが特徴です。実施者は、これらの核となる要素を踏まえたうえで、親に適切な助言ができる専門性を身につけることが求められます。
プログラムは通常、講義とワークを組み合わせた実践的な内容で構成され、学んだことを家庭で実践し、次回のセッションで振り返るというサイクルで進められます。これにより、理論的な理解と実践的なスキルの両方を効果的に習得することができます。
グループワーク
ペアレントトレーニングのグループワークは、5〜10人程度の少人数で構成され、90〜120分のセッションを全10回、もしくは簡易版で6回実施します。各セッションは、前半で行動理論についての講義を行い、後半では3名程度の少人数に分かれて家庭での対応について話し合います。
参加者同士で親役や子ども役を演じるロールプレイを通じて、子どもの気持ちを客観的に理解する機会を得ることが可能です。また、同じような悩みを持つ保護者との交流を通じて、育児ストレスの軽減や精神的な支えを得ることができるでしょう。
グループワークでは、各回のテーマに沿って学んだことを家庭で実践し、次回のセッションでその結果を共有して振り返りを行います。例えば、「好ましい行動を増やすための褒め方」「好ましくない行動を減らすための一時的な無視の仕方」「指示の出し方」などのテーマについて、具体的な実践例を共有し合います。
「子育ての悩みを率直に話せる仲間ができた」「同じ経験を持つ保護者と出会えて心強かった」など、参加者からは前向きな感想が多く寄せられています。専門的な学びの場としてだけでなく、互いの経験を共有し支え合える貴重なコミュニティとしても機能しているようです。
追加オプション
個別のニーズに応じて、絵カードを用いたコミュニケーション指導や、食事・排せつなどの基本的な生活スキルの指導が追加で提供されます。基本プログラムでは対応しきれない個別の課題がある場合や、より詳しい助言が必要な場合に活用することができるでしょう。
また、子どもの年齢や発達段階に合わせて、基本編、応用編、思春期編などのプログラムが用意されており、家庭の状況に応じてカスタマイズすることも可能です。各プログラムは60分×3回から5回程度で構成されています。
ペアレントトレーニングの種類
精研式・奈良式
精研式・奈良式ペアレントトレーニングは、アメリカのUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で開発されたADHD向けプログラムを日本向けに改良したものです。
当初はADHDの子どもを持つ家族向けでしたが、現在では発達障害全般に対応できるように発展しています。プログラムは全10回のセッションで構成され、1回90分の講義を2週間ごとに実施します。
各セッションでは講義とロールプレイを組み合わせ、学んだ内容を家庭で実践し、次回のグループワークで振り返りを行います。特徴的なのは、子どもの行動を「好ましい行動」「好ましくない行動」「許しがたい行動」の3つに分類し、それぞれに適切な対応方法を学ぶ点です。
肥前式
肥前式ペアレントトレーニングは、国立肥前療養所(現・肥前精神医療センター)で開発されたプログラムです。
知的障害を伴うASDの子どもを持つ家族向けに開発されましたが、現在ではADHDなど他の発達障害にも対応しています。1回150分×10回程度のセッションで構成され、9名程度の少人数制で実施されます。
プログラムは基本的な行動療法を学ぶ講義と、家庭での対応を考えるグループミーティングで構成されています。具体的な目標(例:「家族を叩かない」など)を設定し、スタッフと共に対応方法を検討します。実践後は結果を共有し、指導方法の改善を重ねていく実践的なアプローチが特徴です。
鳥取大学式
鳥取大学式ペアレントトレーニングは、応用行動分析(ABA)の理論に基づいて開発されたプログラムです。
知的障害を伴うASDの子どものコミュニケーションスキルや適応的な行動の獲得を目的として開発され、現在は発達障害全般に対応しています。6〜8回のセッションで構成され、講義とグループワークを組み合わせた実践的なプログラムです。
特徴として、家族が子どもの特性や発達状態を理解し、コミュニケーションを楽しめるようになることを重視しています。また、ペアレントメンター(先輩保護者)の参加を推奨し、より実践的な学びの機会を提供しています。効果として、家族の養育不安や抑うつの減少、健康度の向上などが報告されています。
ペアレントトレーニングの実施場所
ペアレントトレーニングは、全国のさまざまな機関や施設で実施されています。主な実施場所として、各都道府県の発達障害者支援センターや教育センターがあり、公的機関として無料もしくは低価格で受講できます。
医療機関では、小児科や精神科クリニック、総合病院の発達外来などで実施されており、公認心理師や臨床心理士、小児科医などの専門家が中心となってプログラムを提供しています。医療機関での実施は自由診療となることが多く、1回あたり4,000円程度の費用が必要です。
また、NPO法人や民間の発達支援事業所、大学附属の心理センターなどでも実施されており、グループセッションの場合は2,000〜6,000円、個別セッションの場合は5,000〜10,000円程度で受講できます。さらに地域の保健センターや児童発達支援センターでも、子育て支援プログラムの一環としてペアレントトレーニングを提供しているケースが増えています。
各実施機関によってプログラムの内容や対象年齢、実施回数などが異なるため、自身の状況や目的に合わせて選択することが重要です。特に自治体が実施する場合は、定員や申込期間が設定されていることが多いため、事前に確認しておきましょう。
ペアレントトレーニングの実施例
自治体の例
自治体では、地域の特性に合わせた独自のプログラムを展開しています。ここでは実際の自治体のペアレントトレーニングを紹介します。
三沢市では、「親子関係形成支援事業」として発達障害やその傾向がある幼児期から小学校低学年の子どもを持つ保護者を対象に、全7回のプログラムを実施しています。各回90分で、臨床心理士による講話やロールプレイを通じて、効果的な子育て方法を学びます。
宮城県では、県内の支援者を対象とした「ペアレントトレーニング実施者養成研修」を実施しており、地域での普及を目指しています。令和6年度は10月に3日間の研修を予定しており、午後1時30分から午後5時までの時間帯で開催予定です。
高知県でも、子育て支援センターや保健センター、幼稚園・保育所などで実施されており、自治体が主体となって取り組んでいます。特に、ペアレントプログラムとティーチャーズトレーニングを組み合わせた独自の支援体制を構築し、保育所や学校単位での実施も行っています。
埼玉県では医療法人と連携し、発達障害児の保護者を対象としたペアレントトレーニング講座の自主的な運営を目指した指導者育成研修を実施しています。この研修は2日間の日程で、ペアレントトレーニングの基礎理論や手法、運営について学ぶことが可能です。
医療機関の例
医療機関では、より専門的な観点からプログラムが提供されています。医療機関のペアレントトレーニングもいくつか紹介します。
君津中央病院では、発達障害児やグレーゾーンの子どもを持つ保護者、また子育て不安を感じている保護者や教育関係者を対象に、月2回のグループワークを実施しています。公認心理師と小児科病棟保育士が進行を担当し、行動療法を基にした手法で楽な子育て方法について学びを深めています。
プログラムは前期(4月〜9月)と後期(11月〜3月)に分かれており、それぞれ全10回のコースとなっています。毎月第2・第4火曜日の午前10時から11時30分まで、病院4階講堂で開催されています。
参加者からは「とても楽しく、開催中はグループが子育ての心の支えとなっていた」という声が寄せられており、同じような悩みを持つ親同士で悩みを共有したり、子育て方法を教え合ったりしながら、仲間作りの場としても機能しているようです。
また、まめの木クリニックでは、専門家向けのリーダー養成講座も提供しており、2日間の集中研修を通じて指導者の育成も行っています。このように、医療機関では治療的なアプローチだけでなく、支援者の育成にも力を入れています。
まとめ
この記事では、発達障害のお子さんを持つ保護者向けの支援プログラム「ペアレントトレーニング」について解説してきました。ペアレントトレーニングは、子どもの行動を理解し適切な対応方法を学ぶことで、より良い親子関係を築くことができる効果的な支援方法です。
プログラムには精研式・奈良式、肥前式、鳥取大学式など、さまざまな種類があり、それぞれの特徴に応じて選択することができます。医療機関や自治体など、実施場所も複数あるため、自分に合った場所やプログラムを選ぶことが可能です。
ペアレントトレーニングを通じて、保護者は子育ての悩みや不安を軽減し、具体的な対応スキルを身につけることができます。また、子どもにとっても、保護者の適切な関わりにより、望ましい行動が増え、情緒の安定につながるなど、さまざまなメリットがあります。
子育ての困りごとは一人で抱え込まず、ぜひ専門家のサポートを受けてみてください。お近くの医療機関や自治体に相談し、ペアレントトレーニングを活用することで、より楽しい子育てを実現できます。