
「うちの子、授業についていけてないかも…」
「集団生活がストレスみたい」
子どもの学校での様子に、そんな風に心を痛めていませんか。
学習面での困難さや、感覚過敏・多動性といった特性から、学校生活に生きづらさを感じている子どもは少なくありません。
「学校に配慮をお願いしたいけれど、どう伝えたらいいか分からない」
「モンスターペアレントだと思われたらどうしよう…」
そんな不安から、一歩を踏み出せずにいる保護者の方も多いはずです。
この記事では、子どもが学校で安心して過ごし、持っている力を発揮できるようにするための「合理的配慮」について、基礎知識から具体的な申請ステップ、よくある疑問まで解説します。
合理的配慮とは

子どもたちのための「環境調整」のこと
合理的配慮とは、子どもが学校生活で直面する困難を取り除くための「環境調整」のことです。
例えば、視力が低い子がメガネをかけるように、発達の特性によって「見えにくい」「聞こえにくい」「集中しにくい」といった困難がある場合に、そのバリアを取り除くための工夫を指します。
これは、本人の努力不足やわがままだと責めるのではなく、子どもが本来持っている力を最大限に発揮できるように、環境の方を調整しようという考え方に基づいています。
黒板の文字が読みにくければ拡大コピーを用意したり、大きな音が苦手ならイヤーマフの使用を認めたりすることも、立派な環境調整の一つです。
あくまで目的は、困難さを補い、他の子どもと平等に学ぶ機会を保障することにあります。
特別扱いとの決定的な違い
合理的配慮は、特別扱いやえこひいきとはまったく異なるものです。この違いを理解しておくことが、学校と話す上で非常に重要になります。
- 特別扱い(えこひいき):
他の子よりも優遇すること。例えば、「テストを受けなくても良い点数をもらえる」など。 - 合理的配慮(環境調整):
困難によって生じている不利益を解消し、スタートラインを揃えること。例えば、「別室でテストを受け、集中できる環境を整える」など。
合理的配慮は、2016年に施行された障害者差別解消法に基づき、学校側(公立・私立を問わず)に提供が求められている義務です。子どもが困難なく学べるように環境を整えることは、特別な要求ではなく、正当な権利なのです。
学校で合理的配慮が重要視されている理由
今、学校教育の現場では、すべての子どもが平等に教育を受ける権利を保障することが、これまで以上に強く求められています。
背景には、障害の有無にかかわらず、多様な特性を持つ子どもたちが同じ教室で共に学ぶ「インクルーシブ教育」という考え方が世界的に広がっていることがあります。
もし適切な配慮がなければ、困難を抱える子どもは「自分はみんなと違う」「頑張ってもできない」と学習への意欲を失い、自尊感情が深く傷ついてしまう危険性があります。
そうした事態を防ぎ、一人ひとりが持つ可能性を最大限に引き出す環境を整えること。それが、現代の学校に課せられた重要な役割であり、合理的配慮が重要視されている最大の理由です。
うちの子は対象?医師の診断書は必要?

合理的配慮の対象となる子どもたち
合理的配慮の対象は、発達障害の診断名がついている子どもだけに限りません。
身体障害、知的障害、精神障害(不安障害やうつ病なども含まれます)、その他、心身の機能に何らかの困難があり、それによって学校生活に制限が生じているすべての子どもが対象となります。
具体的には、学習障害(LD)、ADHD(注意欠如・多動症)、自閉スペクトラム症(ASD)といった発達障害の特性により、以下のような困難を抱えている場合が当てはまります。
- 授業の内容が理解しづらい
- 板書を書き写すのが極端に遅い
- 教室の騒がしさで集中できない
- 感覚過敏で特定の場所や活動が苦痛
- 友達とのコミュニケーションがうまくいかない
大切なのは、診断名ではなく、「子どもが実際にどのような困難に直面しているか」という事実です。
グレーゾーンでも相談できる
結論から言えば、医師の診断書がなくても、合理的配慮を学校に相談することは全く問題ありません。
「グレーゾーン」と呼ばれる、診断基準には満たないものの特性の傾向が見られる子どもも、学校生活で実際に困っているのであれば、配慮を求めることができます。
もちろん、専門家による客観的な評価(心理検査の結果や医師の意見書など)があれば、学校側も状況を理解しやすくなるのは事実です。しかし、診断書は必須条件ではありません。
まずは、「うちの子はこういう場面で困っているようです」という具体的な事実を学校に伝えることから始めてみましょう。
【場面別】学校で受けられる合理的配慮の具体例
学習面の配慮例(読み・書き・計算・集中力など)
学習面の困難さは、子どものやる気や自信に直結しやすい部分です。特性に合わせた工夫で、学習へのつまずきを減らすことができます。
【読み書きに関する配慮例】
- 教科書の配慮: 拡大コピーの提供、読みやすいフォントの使用、教科書本文を読み上げる音声教材(デジタル教科書)の利用許可。
- 板書の配慮: 板書を書き写す代わりに、写真撮影(タブレット端末など)を許可する。または、先生から板書内容のプリントをもらう。
- 筆記の配慮: ノートのマス目を大きくする、記述式テストの解答を口頭で答え、先生に代筆してもらう。
【計算・集中力に関する配慮例】
- 計算の補助: 計算機や九九表、図形定規などの補助具の使用を許可する。
- 集中環境の整備: 教室内で刺激の少ない座席(一番前、窓側から遠いなど)にする。
- テスト時の配慮: 教室とは別の静かな部屋(別室)でテストを受けることを許可する。また、集中力が途切れやすい場合、時間を区切って問題を解くことを認める。
これらはあくまで一例です。
子どもの特性に合わせて、最も効果的な方法を学校と一緒に探していくことが大切です。
生活面・行動面の配慮例(感覚過敏・多動・忘れ物など)
学校は集団生活の場であるため、感覚の違いや行動面の特性が大きなストレス源になることがあります。
安心して過ごせる環境を整えるための配慮例を見てみましょう。
【感覚過敏(聴覚・視覚・触覚など)への配慮例】
- 聴覚過敏: 授業中や休み時間など、騒がしさが辛い時にイヤーマフや耳栓の着用を許可する。
- 視覚過敏: 教室の照明が眩しい場合、帽子やサングラスの着用を許可する。または、掲示物を減らして視覚的な刺激を調整する。
- 触覚・味覚など: 給食で特定の食材がどうしても食べられない場合、無理強いせず、代替食(持参)を許可する。体操服の素材が苦手な場合、別の素材の服を許可する。
【多動・衝動性・忘れ物への配慮例】
- 多動性: 授業中にじっとしているのが難しい場合、短時間だけ教室の後ろで立って作業することや、クールダウンのために一時的に教室の外に出ることを許可する。
- 忘れ物: 持ち物や提出物を忘れないよう、担任の先生から具体的に声かけをしてもらう。また、連絡帳や持ち物リストを簡素化・視覚化する。
対人関係・コミュニケーション面の配慮例
自分の気持ちを伝えるのが苦手だったり、相手の意図を誤解しやすかったりすることで、友達とのトラブルに発展してしまうケースもあります。
スムーズなやり取りを助けるサポートも重要です。
【指示の理解・意思表示のサポート】
- 具体的な指示: 「ちゃんと」「しっかり」といった曖昧な表現を避け、「ノートを3ページ開いてください」のように、具体的かつ短い言葉で指示を出す。
- 視覚的な支援: 言葉だけの説明が分かりにくい場合、絵や図、手順書などを使って伝える。
- 気持ちの可視化: 自分の感情を言葉にするのが難しい場合、カードなどを使って、今の状態を先生や友達に伝えられるようにする。
【対人トラブルの予防・仲介】
- ルールの明確化: 休み時間やグループ活動など、暗黙のルールが多い場面では、あらかじめ「やって良いこと」「悪いこと」のルールを明確にしておく。
- 適切な仲介: 友達とトラブルになった際、先生が間に入り、双方の「言いたかったこと」「感じていたこと」を丁寧に翻訳し、お互いの誤解を解くサポートをする。
学校に合理的配慮を相談・申請するまでの3ステップ

ステップ1:【準備編】家庭での情報収集と記録
学校に相談する前に、まずは「何を伝えるか」を整理する準備が非常に重要です。
感情的に訴えるのではなく、客観的な事実を揃えることが、スムーズな話し合いの第一歩となります。
【準備すべきことリスト】
- 子どもの「困りごと」の具体的な記録:
いつ、どこで、どんなことに困っているのかを具体的にメモします。
子どもの「得意なこと」「好きなこと」の把握:
「できないこと」だけでなく、「できること」や「こういう工夫をしたら集中できた」というポジティブな情報も必ずまとめましょう。学校側も支援の糸口を見つけやすくなります。 - 希望する配慮の素案:
この記事の具体例などを参考に、「こういうサポートは可能でしょうか?」と提案できる形をいくつか考えておきます。家庭で試して効果があった方法も良い材料になります。 - 関連資料の準備:
もし医療機関や療育機関にかかっている場合は、医師の診断書や意見書、心理検査の結果があれば準備します。(必須ではありません)
これらの情報をノートやファイルにまとめておくだけで、ご自身の頭の中も整理され、学校に相談する際の心強いお守りになります。
ステップ2:【相談編】学校への上手な伝え方とポイント
準備ができたら、いよいよ学校に相談を持ちかけます。
この時、最も大切な心構えは、学校を「子どもの成長を一緒に支えるパートナー」として捉えることです。「要求」や「クレーム」ではなく、「相談」という姿勢で臨みましょう。
【上手な伝え方のポイント】
- アポイントメントを取る:
まずは担任の先生に「子どもの学校生活について、少しご相談したいことがあるのでお時間をいただけますか」と連絡し、冷静に話せる面談の場を設けてもらいます。
感謝と目的から伝える:
「日頃お世話になっております」という感謝の言葉から始め、「(要求ではなく)〇〇が安心して学校生活を送れるよう、先生方と一緒に対策を考えたくて相談に来ました」と、前向きな目的を伝えます。 - 「事実」と「要望」を分けて話す:
「困りごとの事実」を客観的に伝えた上で、「そこで、可能であればこのような配慮はご検討いただけないでしょうか」と具体的に相談します。 - 子どもの「良い面」も伝える:
「本人はすごく頑張ろうとしているんです」「家ではこういう良いところもあって」と、子どものポジティブな側面も共有することで、先生も「この子のために何とかしよう」と前向きな気持ちになりやすくなります。
ステップ3:「個別教育支援計画」の作成と共有
学校との話し合いで配慮の内容が決まったら、それを確実かつ継続的に実行してもらうための仕組みづくりが重要です。
ここでポイントとなるのが、個別の教育支援計画などの文書に落とし込むことです。個別の教育支援計画とは、子ども一人ひとりの教育的ニーズに応じて、支援の目標や具体的な内容、関係機関(学校、家庭、療育、医療など)の役割分担を記した計画書のことです。
これを作成する最大のメリットは、以下の2点です。
- 「言った・言わない」のトラブル防止:
口約束だけでは、認識のズレが生じたり、忘れられたりする可能性があります。合意内容を文書化することで、学校と保護者の共通理解を確認できます。 - 支援の継続性の担保:
担任の先生が変わったり、進級・進学したりする際にも、この計画書があれば、一貫性のある支援を次の担当者にスムーズに引き継ぐことができます。
もし学校側からこの計画書の作成について話が出なくても、保護者から「話し合った内容を、今後のために文書で残していただくことは可能ですか?」と提案してみましょう。
一度作成して終わりではなく、子どもの成長や状況の変化に合わせて、学期ごとや年度末などに定期的に見直し、更新していくことも大切です。
合理的配慮に関するよくある質問

Q1. 先生に「前例がない」「特別扱いできない」と断られたらどうすればいい?
これは、保護者の方が最も不安に感じるケースかもしれません。
もしこのように言われた場合でも、感情的にならず、まずは冷静に対応することが重要です。
【対応のステップ】
- 理由を具体的に尋ねる:
「そう思われる理由を、もう少し詳しく教えていただけますか?」と、なぜ「前例がない」のか、「特別扱い」だと感じるのか、具体的な理由(人員不足、安全面、他の子への影響など)を尋ねます。 - 「特別扱い」との違いを再確認する:
「お願いしたいのは優遇ではなく、本人が皆と同じスタートラインに立つための環境調整です」と、合理的配慮の本来の趣旨(障害者差別解消法に基づく義務である点も含む)を、丁寧な言葉で再度伝えます。 - 代替案を提示する:
学校側の懸念がわかったら、「では、この方法が難しければ、こういうやり方(より負担の少ない方法)はいかがですか?」と、他の素案や代替案を提示し、妥協点を探ります。 - 相談先を広げる:
担任の先生だけでは話が進まない場合、「校長先生や特別支援コーディネーターの先生にもご意見を伺うことは可能ですか?」と、校内で相談の範囲を広げます。それでも難しい場合は、教育委員会の相談窓口や、地域の障害者差別に関する相談機関に助言を求めることも選択肢に入れます。
Q2. 他の保護者や子どもからの目が気になります。いじめにつながらないか心配です
「うちの子だけ違うことをしている」と見られることへの不安は、とてもよくわかります。この懸念は、配慮を「どのように行うか」と「どのように説明するか」で解消できる場合があります。
【学校にお願いしたいこと】
- できるだけ目立たない形での配慮:
例えば、イヤーマフを「集中したい人が使える道具」として他の子にも紹介したり、パーテーションを「集中ブース」として設置したりするなど、子ども一人が特別に見えない工夫を相談します。 - クラス全体への多様性に関する説明:
個人名を出す必要はありません。「人には色々な得意・不得意があること」「誰もが過ごしやすいクラスにするために工夫が必要なこと」を、先生からクラス全体に説明してもらうようお願いします。
【家庭でのケア】
- 子どもへの前向きな説明:
子ども自身が「自分だけズルい」と罪悪感を持たないよう、「これはあなたが力を発揮するために必要な『便利な道具(工夫)』なんだよ」と、配慮の意味を前向きに伝えてあげてください。
Q3. 支援をお願いすることで、子どもの自立を妨げてしまいませんか?
「何でもかんでも手助けしたら、かえって本人のためにならないのでは?」という心配も、多くの保護者の方が抱く疑問です。適切な合理的配慮は、子どもの「自立を妨げる」どころか、むしろ「自立を促進」します。
配慮の目的は、課題を肩代わりすることではなく、本人が挑戦できる土台を整えることです。配慮という補助輪を使って「自分もやればできる!」という成功体験を積むことこそが、子どもの自尊感情を育てます。
そして、将来的に子ども自身が「自分にはこういうサポートが必要だ」と周りに伝えられる力を身につけるための、第一歩になるのです。
まとめ

子どもが学校生活で困難を抱えている時、保護者として何ができるのか、悩みは尽きません。合理的配慮は、子どもが持っている本来の力を発揮し、安心して学ぶ権利を守るための大切な手段です。
それは「特別扱い」や「えこひいき」ではなく、子どもの特性に合わせて環境を調整する「正当な権利」です。まずは家庭で「困りごと」と「得意なこと」を整理し、学校には「子どものために一緒に考えたい」という相談の姿勢で臨んでみてください。
そして、話し合った内容は「個別の教育支援計画」などの形で文書に残し、学校全体で共有してもらうことが、継続的な支援に繋がります。
学校と保護者が協力的なパートナーとなり、子どもの「できる!」を増やす環境を整えていくこと。それこそが、子どもの「自分は大丈夫という自信」を育む一番の近道なのです。




