
「毎朝『早くしなさい!』と怒鳴っては自己嫌悪…」
「学校の先生から忘れ物や提出物の遅れを何度も指摘される…」
そんな毎日に、疲れ果てていませんか。
本人は決して怠けているわけではないのに、なぜか時間に間に合わず、親子関係までギクシャクしてしまう。その原因がわからず、「自分の育て方が悪いのでは」とご自身を責めている親御さんも少なくありません。
でも、その時間管理の苦手さの背景には、本人の性格やしつけの問題ではなく、「ADHD(注意欠如・多動症)」が持つ特有の脳の仕組みが関係しているのかもしれません。
この記事では、ADHDの子どもが時間を守るのが難しい科学的な理由を分かりやすく解説し、家庭で今日から実践できる具体的なサポート方法を5つのステップでご紹介します。
なぜ?ADHDの子どもが時間にルーズになる3つの脳機能的な理由

理由1:脳の「実行機能」の未熟さ
ADHDの子どもが計画通りに行動するのが難しいのは、脳の司令塔である「実行機能」の発達がゆっくりだからです。
実行機能とは、目標を立て、計画を練り、優先順位をつけ、行動をコントロールするといった、物事を成し遂げるために不可欠な能力のことを指します。
例えば、「朝の支度」という一つのタスクには、「顔を洗う」「着替える」「朝食を食べる」「歯を磨く」「ランドセルの準備をする」といった複数のステップが含まれています。
大人はこれを無意識に順序立てて実行できますが、実行機能が発達途中の子どもにとっては、この一連の流れを頭の中で組み立てることが非常に困難なのです。
そのため、途中で他のことに気を取られてしまったり、何から手をつけて良いか分からず固まってしまったりします。
これは決して、子どもが怠けているわけでも、わざと困らせようとしているわけでもなく、脳の特性によるものだと理解することが、サポートの第一歩になります。
理由2:「時間感覚」の特性(時間認知の弱さ)
ADHDの子どもは、私たち大人が感じているような「時間の流れ」を、同じように体感しているわけではありません。
多くの場合、「今、この瞬間」に意識が集中しており、過去の経験から学んだり、未来を見越して行動したりすることがとても苦手です。
例えば、「あと10分で家を出るよ」と伝えても、その「10分」がどれくらいの長さなのかを感覚的に把握することが難しいのです。
本人にとっては、楽しいゲームをしていれば1時間があっという間に過ぎ去り、退屈な宿題はたった5分でも永遠のように感じられます。
これは、時計が読めないということではなく、時間の経過を客観的に認識する脳の働き(時間認知)が、特性として弱い傾向にあるためです。
友達との約束に遅れてしまうのも、決して悪気があるわけではなく、「まだ大丈夫」と思っているうちに、気づいたら時間が過ぎていた、というケースがほとんどなのです。
理由3:報酬系と注意散漫の問題
ADHDの子どもの脳は、「すぐに手に入る楽しいこと(報酬)」に対して、非常に強く反応するという特徴があります。
これは、脳内でやる気や満足感をコントロールする「ドーパミン」という神経伝達物質の働き方に偏りがあるためと考えられています。
そのため、目の前にゲームやおもちゃといった魅力的なものがあると、そちらに強く注意が引きつけられてしまい、「後でやるべき宿題」のことは頭から消え去ってしまうのです。
「宿題を終わらせれば、後でもっと楽しいごほうびがある」という未来の報酬よりも、今すぐ得られる目の前の快感を優先してしまうのは、意志の弱さではなく脳の仕組みによるものです。
「どうして何度言ってもやらないの!」と叱りたくなりますが、子ども自身も、頭では「やらなきゃいけない」と分かっているのに、脳が言うことを聞いてくれない状態にいるのです。
この特性を理解し、叱るのではなく、どうすればやるべきことに注意を向けられるかを一緒に考える姿勢が大切になります。
【超実践編】家庭でできる!時間管理をサポートする5つのステップ

ステップ1:時間を「見える化」する
目に見えない「時間」という曖昧な概念を、子どもが直感的に理解できるように、視覚的な手がかりを使って具体的に示してあげましょう。
抽象的な言葉で伝えるよりも、目で見て分かる形にすることで、時間の経過や残り時間をぐっと把握しやすくなります。
まずおすすめなのが、デジタル時計ではなく「アナログ時計」を使うことです。
針の動きによって、時間の流れが直感的に分かり、「長い針が6のところに来たらおしまい」といった具体的な指示がしやすくなります。
さらに強力なアイテムが、残り時間が色付きのディスクで表示される「タイムタイマー」です。
時間が減っていく様子が一目で分かるため、子どもは「あとこれくらい」という見通しを立てて、行動を調整することを学べます。
スケジュール表にも、ただ文字を書くだけでなく、「朝ごはんの時間」を黄色、「学校の準備」を青色というように色分けする工夫も非常に効果的です。
ステップ2:やるべきことを「見える化」する
「あれもこれもやらなきゃ」と頭の中がごちゃごちゃになりがちな子どもには、次に何をすべきかが一目で分かる「やることリスト」が効果を発揮します。
口頭で何度も指示するよりも、目で見て確認できるリストがあることで、子どもは安心して一つ一つのタスクに取り組むことができます。
まだ文字を読むのが苦手な子どもには、イラストや写真を使った「やることマグネット」などがおすすめです。
「着替え」「歯磨き」などのイラストカードを用意し、終わったら「できた!」と書かれた箱に入れる、というゲーム感覚のルールにすると、楽しく取り組めます。
リストは、終わった項目にチェックを入れたり、シールを貼ったりできるようにすると、達成感が得られ、モチベーションの維持に繋がります。
大切なのは、子どもと一緒にリストを作ることです。自分で関わることで、「やらされる」のではなく「自分でやる」という主体性が育まれていきます。
ステップ3:タスクを「細かく分解」する
「部屋を片付けなさい」「宿題をやりなさい」といった大きくて漠然とした指示は、ADHDの子どもを混乱させてしまいます。
どこから手をつけて、どう進めれば終わりになるのかが見えず、フリーズしてしまう原因になるのです。
そこで重要になるのが、一つのタスクを、誰でも行動に移せるくらい具体的な小さなステップに分解してあげることです。
例えば、「宿題をやる」というタスクであれば、以下のように分解できます。
- まず、筆箱と算数のノートを机の上に出す。
- 次に、算数のドリルの1ページ目を開く。
- そして、問1の問題を解く。
このように、一つ一つの行動を具体的に指示し、一つクリアできたら次の指示を出す、という流れを作ることで、子どもは迷わずに行動できます。
この「スモールステップ化」は、子どもが「できた!」という成功体験を積み重ねるための非常に重要なテクニックであり、自己肯定感を育む上でも欠かせません。
ステップ4:環境を「構造化」する
注意がそれやすく、周りの刺激に敏感な子どもにとっては、集中できる環境を物理的に整えてあげることが、何よりも効果的なサポートになります。
「集中しなさい!」と100回言うよりも、集中を妨げるものを一つ取り除いてあげる方が、ずっと子どもの助けになるのです。
まずは、全ての物に「定位置」を決めてあげましょう。
おもちゃはこの箱、文房具はこの引き出し、というように物の住所を決め、写真やイラストでラベルを貼っておくと、探し物で時間を浪費することがなくなります。
特に勉強に集中させたい時は、机の上には今使っている教材以外は何も置かないように徹底することが大切です。
視界に入るおもちゃや漫画は、子どもの集中力を奪う最大の敵だと考えましょう。
もしリビング学習をしている場合は、小さなパーテーションや衝立で学習スペースを区切るだけでも、テレビやおやつの誘惑から守ってあげることができます。
ステップ5:肯定的な「声かけ」と「ごほうび」
子どもの行動を変える一番の原動力は、「叱られる恐怖」ではなく、「ほめられる喜び」と「達成感」です。
「また時間を守れない!」と否定的な言葉を繰り返すのではなく、ほんの少しでもできたことを見つけて、具体的にほめることを意識してみてください。
結果だけでなく、その過程や努力を認めてあげることが大切です。
「時間通りに準備できたね」という結果をほめるだけでなく、「時計をチラチラ見ながら行動できていたね、意識していて偉いよ」と、その姿勢をほめてあげましょう。
また、「〜しなさい」という命令形の指示を、「〜してみようか?」や「出発まであと10分だけど、どうすれば間に合うかな?」といった、子ども自身に考えさせるような質問形に変えるのも効果的です。
そして、頑張った後には、子どもが喜ぶ「ごほうび」を用意してあげましょう。
ポイントシールを貯めたら好きな動画を1本見られるなど、ゲーム感覚で楽しめる仕組みを取り入れると、モチベーションを高く保つことができます。
【番外編】親子で楽しく挑戦!時間管理サポートグッズ&アプリ

視覚的に時間を伝える「タイムタイマー」
「あと10分だよ」と言われてもピンとこない子どもにとって、最強の味方となるのが「タイムタイマー」です。
設定した時間が赤い盤面で表示され、時間が経つにつれてその赤い部分が消えていくため、「残り時間」が一目で直感的に理解できます。
アラーム音を消すこともできるので、音に敏感な子どもでも安心して使えます。
「この赤いのが全部なくなるまでに、おもちゃを片付けよう!」といったように、ゲーム感覚で時間の意識を高めることができる非常に優れたアイテムです。
やることが一目でわかる「お支度ボード」
朝の準備や寝る前の片付けなど、毎日の決まったタスクを習慣化させるのに役立つのが「お支度ボード」です。
やるべきことをイラストや写真のマグネットにしてホワイトボードなどに貼り出し、終わったら「できた!」の欄に移動させるというシンプルな仕組みです。
自分が次に何をすべきかが一目で分かり、全てのマグネットを移動させるというゴールが明確なため、達成感も得やすいのが特徴です。
市販品も多くありますが、子どもと一緒に段ボールや画用紙で手作りすると、より愛着が湧き、主体的に取り組むきっかけにもなります。
ゲーム感覚でタスク管理「子ども向けTODOアプリ」
スマートフォンやタブレットが好きな子どもには、子ども向けのタスク管理(TODO)アプリを試してみるのも一つの手です。
例えば、「タスク管理アプリ –Dodo」のようなアプリは、タスクを達成すると「かんぺき!」「すばらしい!」といった頑張りを親が評価できます。
毎日の評価がスタンプ帳に表示され、ひと目で頑張りがわかるので、子どものモチベーションの向上にもつながります。
専門家のサポートで、子どもの「できる」はもっと増える

家庭だけで抱えることの限界と、専門家を頼るメリット
家庭だけで子どもの特性と向き合い、サポートし続けることには、どうしても限界があります。
親も子も疲れ果て、「早くしなさい!」と怒鳴る毎日から抜け出せなくなってしまうことも少なくありません。
専門家を頼ることは、決して親の努力不足や敗北ではなく、子どもとご家族がより良い未来へ進むための、非常に賢明で前向きな選択肢なのです。
専門家は、客観的で専門的な視点から子どもの特性を的確に評価し、科学的根拠に基づいた効果的なサポート方法を提案してくれます。
何より、親御さん自身が子育ての悩みを一人で抱え込まずに済み、専門家という強力な味方を得られることで、心の負担が劇的に軽くなります。
同じ悩みを持つ他の保護者と繋がる機会も得られ、「悩んでいるのは自分だけじゃないんだ」と実感できることも、大きな支えになるでしょう。
専門施設でできること
ソーシャルスキルトレーニング(SST)
ソーシャルスキルトレーニング(SST)とは、子どもが社会で他の人と円滑な関係を築いていくために必要な技術を、実践的に学ぶためのプログラムです。
単に知識を教えるのではなく、ロールプレイング(役割演技)などを通じて、「友達への話しかけ方」「断り方」「自分の気持ちの伝え方」などを具体的に練習します。
時間管理に関しても、「グループで時間を決めて活動する」「約束の時間を守る」といったテーマが扱われることがあります。
同じような特性を持つ仲間たちと一緒に学ぶ中で、「時間を守ると、みんなと楽しく遊べるんだ」という成功体験を積むことができます。
家庭や学校とは違う環境で、専門家のサポートを受けながら社会性を学ぶ経験は、子どもの自信と自己肯定感を大きく育んでくれるでしょう。
専門スタッフによる個別サポート
療育施設や児童発達支援事業所などでは、臨床心理士、作業療法士、言語聴覚士といった、様々な分野の専門家が子どもをサポートしてくれます。
まずは子どもの発達状況や特性を詳しくアセスメント(評価)し、一人ひとりに合わせたオーダーメイドの「個別支援計画」を作成します。
例えば、不器用さから準備に時間がかかってしまう子どもには、手先のトレーニングを専門とする作業療法士が関わります。
言葉の指示が入りにくい子どもには、分かりやすい伝え方を一緒に考えてくれる言語聴覚士がサポートに入るなど、課題の根本原因に直接アプローチできるのが強みです。
苦手なことの克服だけでなく、子どもの得意なことや好きなことを見つけ出し、それを伸ばすことで自信につなげていく支援も大切にしています。
保護者との連携
専門施設の役割は、子どもを支援するだけにとどまりません。子育てに奮闘する保護者の方々に寄り添い、家庭と二人三脚で歩んでいくことも、非常に重要な役割です。
多くの施設では、「ペアレントトレーニング」という保護者向けのプログラムが実施されています。
これは、子どもの特性を正しく理解し、ほめ方や指示の出し方といった具体的な関わり方のスキルを学ぶことで、家庭での親子関係をより良いものにしていくためのものです。
また、定期的な面談を通じて、家庭での様子と施設での様子を共有し、一貫した方針で子どもをサポートしていく体制を整えます。
専門家に日々の小さな悩みや不安を相談できる場があるだけでも、親御さんの心は軽くなり、前向きな気持ちで子どもと向き合えるようになるはずです。
まとめ

ADHDの子どもが時間を守れなかったり、準備が遅かったりするのは、本人の性格ややる気の問題、そして決して親の育て方のせいではありません。
それは、脳の「実行機能」や「時間感覚」といった、生まれ持った特性によるものなのです。
この特性を正しく理解し、叱ったり矯正したりするのではなく、子どもの脳が理解しやすい方法でサポートしてあげることが大切です。
時間を「見える化」し、やるべきことを「リスト化」し、タスクを「細かく分解」し、集中できる「環境」を整え、そして何より温かい「声かけ」を心がけてみてください。
もちろん、家庭だけで全てを完璧にする必要はありません。時には専門家の力も借りながら、チームで子どもの成長を支えていきましょう。
この記事で紹介した工夫が、毎日を頑張るあなたの肩の荷を少しでも軽くし、親子の笑顔を増やすための一助となることを心から願っています。